はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 51 [迷子のヒナ]

スティーニー・クラブは言わずもがな、閉鎖的なクラブだ。
そのくせに正面玄関には煌々と明かりがつき、大理石の階段とよく磨き込まれた重厚なオークの扉を存在感も露に照らしている。

ダークブルーのお仕着せを着たドアマンが、パーシヴァルが階段を上がってくるのを見て、閉ざされた世界への扉をいとも容易く開けた。

ふいにパーシヴァルの胃がキリキリ痛んだ。こんなの初めてだ。緊張か興奮か、不安か期待かは不明だが、ジェームズが原因なのは間違いない。

「クロフト卿、こんばんは」

声を掛けられて、パーシヴァルは飛び上がりそうになった。

「やあ、ハリー。出迎えてくれるなんて、今夜は暇なのかな?」
パーシヴァルはいつものように愛想のいい笑みを浮かべ、支配人の節くれだった手に、純銀の柄に宝石が埋め込まれた特注のステッキを委ねた。艶やかなダークブロンドの髪を押し潰している帽子も預け、パーシヴァルは一見おっとりとして見える大柄な男に探るような視線を向けた。

ハリーにジェームズの居場所を尋ねたら、教えてくれるだろうか?居場所と言っても、あっちかこっちかしかないのだが。

「ええ、みなさん今夜はあちこちへお出掛けのようで、ここは随分と静かです」ハリーは控えめに微笑んだ。

「そう。では、僕は、図書室で静かに過ごすことにしようかな」

「図書室ですか?」ハリーはわずかに眉を顰めた。

「おかしいかい?」そう言って、自分でふふっと笑ってしまった。おかしいに決まっている。ここへ来て図書室へ行ったことなど一度もないのだから。「濃いめのコーヒーと、なにかすごく甘いデザートでも持ってきてくれたら、とても、助かるんだけど」

「すぐにお持ちいたします」ハリーはきびきびとこうべを垂れ、自ら調理場へ向かうべく、そっとあとずさる。

「ハリー!そ、その……ジェームズは、今夜は……し、仕事中かな?」ぎこちなくにこりと笑う。

ハリーが言葉を失ったように、口をわずかに開けたまま固まってしまった。黒目を震わせ、パーシヴァルの言葉の意味を推し量ろうと必死に頭を高速回転させている。

ジェームズを相手には選べないと拒絶される前に、パーシヴァルは「いや、いいんだ」と手を振り、いそいそと図書室へ向かった。
ここに通うようになってもう何年も経つが、ハリーをあんなに戸惑わせたのは初めてだ。

背中にハリー以外の視線を痛いくらい感じたが、パーシヴァルは無視した。囁き声にくすくす笑い。男のくせに直接声も掛けられない、女々しい奴らばかりだ。まあ、たとえ声を掛けられたとしても、今夜は誰の誘いにも乗らない。いや、今夜だけでなく、もう誰にもこの魅力的な身体を差し出すものか。僕の肌に触れていいのは――

「おや、クロフト卿。今夜はここがステージになるのかな?」

図書室へ入るなり、入口近くに座っていた紳士が興味深げに言った。
パーシヴァルはぞんざいな視線を向けただけで、見学専門のミスター・ボナーを無視した。ボナーは使い物にならない一物を擦りながら、パーシヴァルを下卑た視線で舐め回した。

パーシヴァルはムカつきを覚えながら、周りに誰もいない場所を選んで、深く沈み込む寝心地の良さそうなソファに腰をおろした。

すぐさまハリーがコーヒーを持って現れた。もう一度、ジェームズについて尋ねてみようか?しつこい男だと思われるだろうか?

それでも、ジェームズに会えるなら恥もかき甲斐があるってものだ。

「ハリー、ジェームズに僕が呼んでいると伝えてくれるかな?」

つづく


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迷子のヒナ 52 [迷子のヒナ]

ジェームズはジャスティンの執務室にいた。共同経営者だから、自分の執務室でもある。表の豪華さとは裏腹に、実務優先の機能的な部屋だ。

ジェームズはここでの仕事が好きだった。ジャスティンの身体に馴染んだ革椅子に身を委ね、帳簿をめくるのは至福のひとときだ。厄介ごとに巻き込まれた時は、とくにそうだった。

ドアをノックする音に、ジェームズはさっと顔を上げた。一瞬、ジャスティンがもう戻ったのかと腰を浮かせたが、中へ入ってきたのがハリーだと分かって、ジェームズは苦笑いをした。ヒナじゃあるまいし、期待に胸を弾ませるとは情けない。

「どうしたハリー、何か問題でも?」いかにもジャスティンが言いそうなセリフだ。

「いいえ」とハリーは落ち着き払って言い、「ですが、クロフト卿がお呼びです」と困ったように付け加えた。

「クロフト卿が?今夜は来ていないだろう?」

「さきほどおいでになりました。夜会服をお召しでしたので、どこかの催しへ出席されていたんだと思いますが……どこか様子がおかしいんですよ」

「様子がおかしい?例えば?」

「図書室に行かれました」

図書室だと?いったいパーシヴァルはそこで何をしているんだ?

「彼は酔っているのか?」

「いいえ。いたってしらふですよ。パーティーの熱気に当てられたのか、赤い顔をしてはいましたが」

赤い顏?風邪でも引いたのか?

「ただ呼んでいるというんだな?酔ってはいない、機嫌が悪いわけでも、ほかの会員ともめ事を起こしているわけでもない……まさか――」僕に相手をしろとでもいうのか?今朝見た時の飢え具合からして、相手は誰でも良さそうに見えたが、僕はパーシヴァルが好みそうな上品さも備えていなければ、大前提として紳士ではない。だから対象外だ。

そう思うと、不本意ながらも悔しさが込み上げてきた。

「もしかすると、こちらを退会されるのではないですか?」とハリーはジェームズの筋違いな悔しさになど気付かず言った。

パーシヴァルが退会するとなれば、クラブにとっては大きな損失だ。彼自身もそうだが、彼の取り巻きたちはここに惜しみなく金を落としてくれている。パーシヴァルが金のない男が嫌いだからだ。まがい物を身につけていたり、借金を清算しないような男も。かといって金が特に好きなわけではないのだから、不自由しなければ執着しないということなのだろうと、ジェームズは理解している。

「だがここは、クロフト卿にとっては自宅よりも寛げる、天国のような場所だぞ。それに一度ここへ入会して退会した者は存在しない。死なない限りは」

「そうなんですよ。それだから、不思議なんです。あの方の屋敷の使用人は、使用人の風上にも置けない見下げ果てた連中ばかりですからね。主人を侮辱するわ、備品や高価なワインを横流しするわで、あの方がここで鬱憤を晴らす気持ちがよくわかります」ハリーは語気を強め、やや興奮気味に言った。

ジェームズは椅子にゆったりと腰かけ、ほとんど表情を変えずに聞いていたが、実は驚いていた。ハリーがパーシヴァルに肩入れし過ぎているような気がしたからだ。ハリーが会員の情報をある程度把握しているのは支配人として当然の義務だが、ここまで詳細に、ましてや使用人の良し悪しまで把握しているとは……。

特別な感情を抱いているのではないかという疑問が頭をもたげたが、ハリーに限ってそれはないとすぐさまそのくだらない考えを葬り去った。

「そんなやつら、クビにしてしまえばいいんだ」とジェームズは冷たく言い捨てた。ずる賢い使用人には吐き気がする。仕事を与えてもらい、寝食を保証されていて、主人にたてつこうなど、まさにハリーの言葉通り使用人の風上にも置けない。だが、たいていの使用人はそんなものだと、ジェームズは知っていた。

「まったくです」ハリーが鼻息荒く同意した。

「で、僕はそろそろ図書室へ行くべきだろうね」

気乗りはしないが、わざわざ呼びつけるのだからただ事ではないはずだ。ヒナの事でなければいいがと、ジェームズは今朝からの騒動を走馬灯のように思い巡らせた。

つづく


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迷子のヒナ 53 [迷子のヒナ]

その頃、図書室でジェームズを待ちわびていたパーシヴァルは、数人の男に、文字通り絡まれていた。

ソファの肘掛けの片方には、クラム子爵の尻が乗り、もう片方にはダドリー男爵の尻が乗っていた。どちらも若く美男子で洒落ていて、女になどまったく興味を示さない、これでもかという程パーシヴァル好みの男だった。更には目の前に跪く男に、後ろから囁きかける男、遠巻きに成り行きを見守るのは不能のボナー。

いい加減パーシヴァルはうんざりしていた。こちらがどんなにその気がないのだと態度で示しても全く通じないのだ。

そこでやっとジェームズが現れたと思ったら、「クロフト卿、お呼びだと伺いましたが」とまったくの無表情で事務的に言うものだから、我慢していた怒りがとうとう爆発した。

周囲の男を払いのけるようにして立ち上がると「ジェームズ!遅いじゃないかっ!」と声を荒げつかつかと歩み寄った。怒鳴られても表情ひとつ変えないジェームズにイライラしながら顔を突き合わせ、高圧的に言い放った。

「今夜はいくらでも部屋はあるだろう?どこでもいいからさっさと案内してくれ、重要な話がある」

「おやおや、アッシャーくんも可哀相に。ご機嫌斜めのクロフトが無理難題を押し付けなければいいがね」ボナーはさも愉快げに軽口をたたいた。

パーシヴァルはボナーを鋭く睨みつけ、周囲の男達にも刺すような視線を走らせた。僕の邪魔をしたら、お前たちもボナーのように不能にしてやると言わんばかりに。

パーシヴァルのただならぬ殺気に気圧されたのか、うっとりと心酔しているのか、とにかく、誰も何も言わなかった。

唯一言葉を発したのはジェームズ。「それでは青の間に」くるりと踵を返し、長い脚で大股に図書室を出る。

さすがのパーシヴァルも、どこまでも堅苦しい態度を崩さないジェームズに賛辞を送りたくなった。昼間見せた笑顔も魅力的だったが、仕事中のジェームズはもっと素敵だ。

だが、『青の間』は気に入らない。あそこは狭いうえに窓もなく、ベッドもないただの談話室だ。

それでも文句のひとつも言わず、従順について行ってしまうのは、パーシヴァルがちやほやされるよりも、命令され支配される方が好きだからだ。

ジェームズのほっそりとした背中が、記憶にあるよりも逞しく見えた。記憶と言っても、多く見積もっても一〇時間ほど前のものだが。

ああ、その堅苦しい上着を脱いでくれれば、もっとはっきりと分かるのに。欲を言えば、裸のジェームズに抱きつきたくてたまらない。こちらの身体はすでに興奮状態にあるのだから、あとはジェームズをその気にさせれば、部屋を移って情事を楽しめる。

いや、違う。情事を楽しむなどと安っぽい言い回しは、ジェームズには相応しくない。こっちは真剣なんだ。

「どうぞ」

どうぞ?どうぞだと?いただいてもいいのか?

パーシヴァルは立ち止まってこちらを見つめるジェームズを見返し、ごくりと唾を飲んだ。

「いいのか?」掠れ声で囁くのがやっとだった。

「ええ……、どうぞ」

すっかりのぼせ上っているパーシヴァルは、ジェームズの怪訝そうな声にも表情にも全く気付かず、その胸に寄り添うように身を任せた。

つづく


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迷子のヒナ 54 [迷子のヒナ]

「クロフト卿!いったい何を――」ジェームズはそう言って、急に抱きついてきたパーシヴァルの肩を掴んで引き離した。無礼な振る舞いだと咎められるのを承知で、埃を払うように、パンパンと胸元をはたく。

まったく。誰かに見られていたらどうするつもりだ?
ジェームズは抑えの利かないパーシヴァルに呆れた顔を向けた。ついでに膨れた股間を一瞥し、溜息を飲み込んだ。

確かに、呼ばれてから図書室に行くまで少し時間があったかもしれない。だがまさか取り巻き達とコトを始めようとしているとは、つゆほども思わなかったのだから仕方がないだろう?怒鳴り付けられたうえ、欲求の捌け口にされるなど、ごめんだ。

「だって、君が……どうぞと言ったから――」子供じみた口調で、ジェームズを責めるパーシヴァルは、どことなくヒナと似ていた。自分は悪くないのに、どうしていじめるの?といったふうだ。

ジェームズは途端に居心地が悪くなった。ひとつ咳払いをし、調子を整える。こうなったら、何事もなかったように振る舞うしかない。

開いたドアの向こうに手をやり、「どうぞ、お入りください」と慇懃に告げた。

パーシヴァルの目がパッと見開かれ、勘違いした自分を恥じてか、ほんのりと頬を朱に染めた。それからジェームズと同じように、ひとつ咳払いをすると「ああ、そうだな」といつもの高飛車な態度に戻って言った。

これでいい。ジェームズは安堵の吐息をゆっくりと吐き出した。
パーシヴァルも、たった今起こったささやかな事件を忘れることにしたようだ。気取った足取りで明るすぎる部屋へ入ると、こちらの様子を伺うように、長椅子の肘掛けに片尻をひっかけた。

「お話があるとか?」後ろ手にドアを閉めながら、ジェームズは尋ねた。

「話?ああ、話か。あるさ。でも、この部屋は全然青くないな。どちらかといえば茶色い……いや、黒っぽいかな。まるで、ヒナの瞳のようだな」

そうきたか。
さりげなくヒナの名を口にして、話をそっちへもっていこうって腹づもりか。ヒナには会わせないし、話はジャスティンが戻ってからだと言ったはずだ。

「以前は青い壁紙だったんですよ。いまは金と緑ですけど。あなたの髪と瞳と同じ色です」

「僕の瞳はあんな色なのか?」パーシヴァルは不満顔で壁を睨みつけた。「もっと綺麗だろう?なあ、ジェームズ」

ジェームズは壁紙とパーシヴァルの瞳を見比べた。確かに壁紙の差し色になっている緑はパーシヴァルの瞳よりも少しくすんで見えるが、だからといってそんなにむきになることか?

「ええ、そうですね」
ジェームズはパーシヴァルの顔を伺いながら、曖昧に返事をした。

パーシヴァルは気もそぞろなようで、立ち上がって部屋をうろつき始めた。
炉棚の上の金製の馬の置物に目を留め、指先でいじくりまわしながら「これいいな」とひとりごち、ふいにこちらを向いて「馬は好きかい?」と尋ねてきた。

ジェームズは無言で頷くにとどめた。話が逸れているのを指摘するべきか、このまま無意味な会話に終始して、この場をやり過ごすべきか、判断出来なかったからだ。

即断派のジェームズにとって、それは由々しき事態だった。

つづく


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迷子のヒナ 55 [迷子のヒナ]

どうしよう。話なんかないのに……。

パーシヴァルはどうしていいか分からず、部屋を一周すると元の場所に戻った。今度は椅子にきちんと腰を落ち着け、ジェームズにも座るように促した。昼間とは違い、二人の間を隔てる邪魔なテーブルは存在しない。すぐにでもあの膝に飛び乗れるという事だ。

ジェームズは言われた通りにしたが、硬い表情を崩さない。さっき抱きついたことを怒っているのだろうか?それとも、図書室で怒鳴った事を怒っているのか?あの時は仕方がなかった。ジェームズに僕が他の男と一緒にいる姿を見られたくなかった。それにあいつらがジェームズの魅力に気付いたらと思うと、居ても立ってもいられなかったのだ。

もしかして魅力に気づいていなかったのは僕だけだったのか?そういえば、ボナーのやつが厭らしい目でジェームズを見ていた。いつもしつこいクラムやダドリーがなにも言わなかったのは、ジェームズに見惚れていたからだ。

なんてことだ。このままではジェームズを他のやつにとられてしまう。
こうなったらいっそのこと好きだと告げてみようか?いいや、ダメだ。ジェームズは僕の事を軽蔑している。淫らで欲深い最低な男としか彼は見ていない。まったくその通りで異論の余地はないのだが、それでも汚名返上の機会はないだろうかと、パーシヴァルはありもしない話を聞くために石のようにソファに座るジェームズに、引き攣った笑みを向けた。

くそっ!上手く笑えない。

「話がないのでしたら――」と、痺れを切らしたジェームズが立ち上がった。

「あ、あるさっ!まったくせっかちな男だな君は」パーシヴァルはジェームズを引き留めようと、もがくように両手をばたつかせながら腰を浮かせた。これではあまりに必死過ぎると思ったが時すでに遅し。

ジェームズはかすかに笑みを浮かべ、「僕ほど気の長い男はいませんよ」と言って、ゆったりと腰をおろした。

さきほどよりもジェームズの口調が和らいだ。よかった、とホッと胸を撫で下ろす。笑われた屈辱など微塵も感じず、昼間のジェームズが顔を覗かせたことに、興奮を覚えた。きっと笑顔ももう少しで見られるはずだ。

「そうだろうね」と言ったが、言葉は続かなかった。何か言わなければと焦るあまり、パーシヴァルはついに言ってしまった。禁断の一言を。

「ジェームズ、君が欲しい」

つづく


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迷子のヒナ 56 [迷子のヒナ]

しまった。こんなこと言うつもりではなかったのに。

この口さえも、自分の思い通りにはならないのか?

パーシヴァルは胸の内で自分を叱りつけた。特に抑えの利かない自由奔放な身体を。自分で口にした言葉に馬鹿みたいに反応して、ジェームズに触れて欲しくて疼いているのだ。

いったい何の冗談だと訝しむジェームズは、まさにそう言い放った。

「御冗談を」先ほどまで顔を覗かせていた魅力的な笑みは雲隠れしてしまった。「なにかのゲームのつもりなら――」

「ゲームだって?君はそんな言葉で僕を追い払えるとでも思っているのか!」憤慨するのは筋違いな気がしたが、そうやって誤魔化すしかこの場をやり過ごせそうになかった。

「クロフト卿、落ち着いてください。そもそもあなたの用事はそんな事ではないでしょう?」ソファに背を預け、ゆったりとした動作で足を組む。

君は落ち着き過ぎだと指摘してやろうかと思ったが、反論が先だ。

「そんな事?僕が君を欲しがるのは、そんな事で片付けられてしまうのか?」

「欲しいのは僕ではないはずです。冷静になればわかるとは思いますが――」ジェームズは組んだ足の上で、十指を組み合わせた。

「何も知らないくせに、知ったかぶりをしないでもらいたいねっ!」パーシヴァルは立ち上がって、啖呵を切った。

ジェームズは溜息を吐いた。「今夜も多くの人があなたを望んでいます」

「多くの人だと?僕の身体を痛めつけるつもりか?」

他のやつに抱かれてこいなどと、よくもそんな残酷な事が言えたもんだ。ジェームズが悪魔に見える。あまりに美しい悪魔だが。

「一度でもあなたが傷ついた姿など見たことありませんが?」悪魔が高慢に眉を上げた。

パーシヴァルはぐうの音も出なかった。ジェームズの言う通りだ。ベッドの上で苦痛を感じた事などなかった。
これまでは、だ。これからは違う。まあ、苦痛は感じないだろうけど、相手がジェームズでなければ悦びは味わえないだろう。おそらくは……。

「あいつらとはもうしない……」

そう呟いた途端、ここへ来る意味がなくなってしまったことに気づいた。パーシヴァルは首を振った。別に何をするでもなくここへ来たっていいではないか。ボナーのように。それに、ジェームズに会いに来るという立派な目的がある。しかし、その度にジェームズを呼びつける事など出来ない。今夜は特別だ。なぜなら僕が切り札を握っているから。

その切り札をいつまで握っていられるだろうか?魅力的なジェームズを前にして。

つづく


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迷子のヒナ 57 [迷子のヒナ]

ジェームズは今日という日が終わらないのではと思い始めていた。

朝早くジャスティンを送り出し、不貞腐れたヒナの相手をして、厚顔無恥なパーシヴァルをやっとのことであしらい、それからまたヒナの相手だ。

まったくあれは骨の折れる作業だった。言葉は通じているはずなのに、話の内容が理解できないのだから。結局、話の断片を繋ぎ合わせて自分なりに結論を出した。ジャスティンへの手紙が簡素なものになったのはそのせいだ。

ホームズはヒナの両親についてどれだけ調べ上げることが出来るだろうか。特に父親に関して。
いまこの場で、パーシヴァルに尋ねてみようか。

ジェームズは手に余る言動を繰り返すパーシヴァルを、穏やかざる目で見つめた。
この日二度目となるパーシヴァルとの面談はおかしな方向へ進んでいる。ただの欲求不満なのか、ブライス卿と別れたダメージがはたから見るよりも大きいからなのか、君が欲しいなどと通常では考えられない事を口にした。
しかも、拒絶されないと思っていたのか、食い下がり方が尋常ではない。

なんたって、もう誰とも親密な行為はしないと言い切ったのだから。まあ、弱弱しい口調ではあったが……。

もともとそのつもりだったのだろうか?潮時を感じ、クラブを退会するつもりで。ハリーの情報は確かなものだったという事か……。

「ジェームズ、何か言ってくれ。じっと黙っていられると、息苦しくて仕方がない」パーシヴァルはクラヴァットの結び目に指を入れ、荒っぽい手つきで緩め、大きく息を吐いた。

「なにか飲み物でもいかがですか?」

「飲み物?いらない。――いや、やっぱり貰おう。強めの酒がいい。当然、君も一緒に飲むだろう?」

仕事中だと断ってもよかったのだが、ジェームズは素直に従った。パーシヴァルの背後にまわり、焦げ茶色の腰の高さほどのキャビネットの上にあるブランデーボトルを手にする。

手にすっぽりと収まる小さめのグラスに、指一本分ほどの高さまで酒を注ぎ入れた。

パーシヴァルに手渡し、元の場所に戻る。腰をおろそうとした瞬間、パーシヴァルが不満げに呻いた。

「ジェームズ、ここに座ってくれないか?」パーシヴァルは長椅子の空いたスペースをちらりと見て言った。

ジェームズは用心深くその場所に目をやり、それからパーシヴァルを見据えた。

「正直、あなたが何を考えているのかまったくわかりません。いったいいつになったら話を切り出してくれるのかずっと待っているのですが、その話というのがあるのかないのか、このクラブに関する事なのか、昼間の話を蒸し返すつもりなのか――」

「君が今夜の仕事はもう終わりにして、ここへ座ってくれたら……話すよ。昼間のようにパーシヴァルと呼んでくれたら、なおいい」

まったくのプライベートで、ということか。となると、クラブをやめる云々ではないということか。
ジェームズは安堵すると同時に、もやもやとした違和感が胸を巣食うのを感じた。

「では、パーシヴァル。そのようにしよう」

つづく


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迷子のヒナ 58 [迷子のヒナ]

ジェームズが隣にいる。

それも、手を少しでも伸ばせば届く位置に。

パーシヴァルの心臓はかつてないほど大きな音を立てて鼓動していた。

ジェームズの手を取ってこの音を聞かせてやりたい。僕はこんなにも君を求めて興奮しているんだと。

ああ、でも残念なことにジェームズは冷静そのものだ。少し苛ついてはいるが。

ジェームズがありもしない話を聞くために嫌々横に座ったことくらい承知している。その事実を捻じ曲げられるほど、僕は愚かではない。

パーシヴァルはグラスを口につけ、中身で唇を濡らした。変な目的があってのことではない。唇を濡らしてキスをねだろうなどいう下心は持ってはいるが、そんなものは唾液で充分だ。

実はブランデーが苦手なのだ。香りは好きなのだが、口のなかがピリピリする感じがどうも好きになれない。上質の物はピリピリしないはずだと、ブライスに偉そうに言われたりもしたが、僕の口の中ではそうなのだから仕方がない。

ジェームズがそれを知らなかったのは意外だった。
会員の好みはすべて把握していると思っていたのに。

横を見ると、ジェームズはすでにグラスを空けていた。まっすぐと前を見据えたまま、乱れてもいない金髪を撫でつけている。

「ジェームズ――」こっちを向いてくれ。

ジェームズはパーシヴァルを見た。

「強めの酒がいいと言ったのはあなたですよ。飲めないのなら、グラスをこちらへ」ジェームズがニヤリと笑った。手を伸ばしてグラスをひったくると、同じ場所に口づけ、瞬時に飲み干した。

「飲めないって知っていたんだな」からかわれた屈辱に頬が熱くなる。けれど、ジェームズにからかわれた喜びの方が大きく、思わず顔が綻んでしまった。

「ええ、もちろん」ジェームズがグラスをサイドテーブルに並べて置いた。まるで恋人が寄り添っているようだ。「それで――話とは、ヒナのことですか?」

その一言は、パーシヴァルの期待に水を差した。ジェームズは案外しつこい男だ。まったく。楽しい気分が台無しだ。

ヒナの話はジャスティンが戻るまでしないと言ったのは君だろう?そう指摘してやりたかったが、話があると言い続けたのは僕だ。途中、話などないと言えるチャンスはあったのに。

「ヒナにはもう話は聞いたんだろう?どうだった……?」渋々尋ねる。

「聞きましたが、ジャスティンが戻るまでは何も言いませんよ」きっぱりと言い切るジェームズ。

だろうね。

パーシヴァルはふいに飲めないブランデーを煽りたくなった。のどがヒリヒリするかもしれない。けど、それがどうした?この胸の痛みに比べたらなんてことない。僕はただ、ジェームズと普通に話をしたいだけなのに。

「ジャスティンはすぐに戻ってくるんだろうね……きっと――」

少なくともこうやって話を続けている間はジェームズを独占できる。だが、このままだと余計なことまで喋ってしまいそうだから、用心しないと。と思っていると、ジェームズが上着の袖が触れ合う程近寄って来た。

全身からどっと汗が噴き出す。
もしかしてジェームズは『君が欲しい』という言葉に従ってくれるのか?
いや、そんなはずない。ジェームズが簡単に手に入るはずがない。なんたって彼はジャスティン一筋の男なのだから。

やはりこれは何か魂胆あってのことなのだろうか?
それでもパーシヴァルは、ジェームズの腕にゆっくりと体重を預けていった。

つづく


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迷子のヒナ 59 [迷子のヒナ]

ジェームズはパーシヴァルの誘惑に屈したわけではなかった。

ただ気付いたのだ。
パーシヴァルが本気で自分を求めているのだと。

いったいなぜ?という疑問が頭をかすめたが、それがパーシヴァルだからとしか言いようがなかった。

もっと早くに気付いてもよかったのだが、気付かなかったのにはわけがある。もちろんジェームズが警戒心の塊のような男だからというのも理由のひとつだ。

最大の理由は、パーシヴァルの態度が普通ではなかったから。彼はいつも普通ではない。そのいつもから考えれば、今夜はいたって普通だったという事だ。

パーシヴァルが誰かを誘惑する時――本人にその気がなくとも――今夜のように余計なお喋りはしない。むきになったり、純情ぶって頬を赤らめたりもしない。なにより、他の男とは寝ないと宣言したりしない。たとえ冗談でも。

それに飲めない酒を受け取ったりもしない。

話を切り出さなかったのは、話などなかったから。それを確認する為、わざとヒナの話題を出してみたが、ほぼ予想通りの反応が返ってきた。いかにもどうでもいいというような態度でそれでも話は続けようと努力する様は、かわいらしいとさえ思った。パーシヴァルに対して抱く感情としては異例のものだった。

「ひとつ聞かせて欲しいのですが――」ジェームズはこの状況を最大限に利用しようと考えていた。パーシヴァルの気持ちにつけ込むのだ。「ヒナの父親とされる、コヒナタソウスケについて、どれだけ知っていますか?」

ジェームズはパーシヴァルの肩を抱き離さなかった。答えれば、ご褒美があるのだとほのめかすような力具合で。

パーシヴァルは躊躇わなかった。ジェームズをうっとりと見つめたまま、上の空で答えた。

「あまり知らない。いや、ほとんど知らないんだ――」

「レディ・アンと出会ったいきさつも?」

「パーティーで出会ったとしか」

「彼が亡くなった事は、日本の家族には伝えたのですか?」

そこで初めてパーシヴァルが躊躇いを見せた。目を逸らし、「しばらく経ってからね……」と諦めたように告白した。

「では彼は日本に?」

「いいや。日本の家族は、報告を受け、彼らの死とカナデの失踪――もちろん彼らはヒナが死んでしまったと思っている――それらを受け入れただけで、こっちへ来ることもなければ、それが事実なのか確かめようとすらしなかった」パーシヴァルの声からは憤りが感じられた。

「伝えたのは?」ジェームズはパーシヴァルの頤を掴んでこちらを向かせ尋ねた。

「僕ではないよ。僕だって後から聞いただけだ」責めるのは筋違いだからなと、パーシヴァルは念を押すように言った。

「なぜ事故をもみ消したりしたのですか?あれは事故ではなく事件だったのでは?」

「ジェームズ――これ以上は聞かないでくれ」パーシヴァルはジェームズの腕から逃れようともがいた。

ジェームズは逃がすまいと手に力を込め、強い口調で責め立てた。「伯爵は娘の醜聞を隠したかった。それだけではないという事ですか?」

「お願いだ。聞かないでくれ――僕の口からは言えない。というよりも、真相は知らないんだ」

パーシヴァルは本当に知らないのかもしれないが、意図的に自分に都合の悪い話をしないようにしていると、ジェームズは思った。

いくら欲望に判断力が鈍っていても、そこまで愚かな男ではないということか。

今夜はここまでだ。
ジェームズはパーシヴァルの顔を覗き込んで、頬にそっと手の平を置いた。優しく包み込むようにして引き寄せると、動揺か期待か、震える唇にキスをした。

何の感情もない、それでいて巧みなキスだった。

パーシヴァルがキスを返す前に、ジェームズはその場を離れた。そうしなければ、パーシヴァルの魅力に屈するのは時間の問題だったからだ。

つづく


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迷子のヒナ 60 [迷子のヒナ]

山上の空が白み始めた頃、<ジョージ&ジョディ>の表玄関では、二頭の黒鹿毛が鼻息荒く主人を待っていた。

雨はすっかり上がっていたが、辺りには霧がたちこめていた。

「まったく、なんだってこんなに朝早く――」ぶつくさとこぼすウェインは主人を待つ間、ジョージが淹れてくれた熱々の紅茶をのんびりと啜っていた。決してさぼっているわけではない。荷物はすっかり積み込んだ。客車には毛布と湯たんぽも準備した。朝食には、ジョディがいつもよりうんと早く起きて焼いてくれたライ麦パンでこしらえたサンドイッチと、昨夜の残り物のローストビーフが用意された。

これで我が主人も文句は言わないだろうと、ウェインはまだ部屋でぬくぬくとしているエヴァンを少しばかりうらやましく思いながら、濡れた石畳の上で足踏みをした。

少しでも動いていないと、すぐにでも身体が冷え切ってしまうのだ。早くジャスティンが出てこないかと、戸口を伺うが、まだその気配は感じられない。

おそらく、例の子供――コリン坊ちゃんが駄々をこねているのだろう。

コリンは昨夜『使用人なんかと一緒に寝れない』と激しく抗議をしたあげく、ジャスティンと同じ部屋で眠ったのだ。

子供なりの淡い恋心とは言い難い強い感情を抱くコリンは、ジャスティンの寝こみを襲ったりしたのだろうかと、ウェインは下世話な事を思いながら、二階の窓を見上げた。引かれたままのカーテンの隙間から明かりが洩れている。どうやらまだかかりそうだ。ウェインは長い溜息を吐き、無人の暗い通りに目を凝らした。

「ウェイン、出発するぞ」

主人のキビキビとした声にウェインは飛び上がって振り向いた。

戸口から颯爽と現れたジャスティンはいつも通り完璧ないでたちで、田舎の冷たく澄んだ空気と見事に調和していた。

「は、はいっ!」とりあえず返事をしたが、本当にこのまま出発していいものか躊躇った。遠路はるばるここまでやって来て、目的地を目の前にして引き返すだなんて、いくらヒナの身元が判明したからといって、あと一日くらいどうってことないのでは?と思ってはいても、口には出来ないので、ウェインは軽く尋ねるにとどめた。

「クレイヴン領まではもう少しですよ」

正直、差し出がましいとは思ったが――案の定、ジャスティンの血も凍るような冷たい視線を浴び、ウェインは手にしていたマグを落としてしまった。

そう言えば、エヴァンに忠告されていた。

ロンドンに戻るまではヒナの事も、アンソニー・クレイヴンの事も口にしてはダメだと。どちらも口にしてはいないが、クレイヴンという単語もダメだったとは、エヴァンももっときちんと忠告しておいてくれればよかったのに。

ウェインは冷然とするジャスティンの為に馬車の扉を開け、地面に頭が着くのではという程身体を折り曲げて、その場をやり過ごした。

視界の端では、見送りに出てきたジョージがのろのろと壊れたマグを片づけていた。

ちぇっ!わざわざ見せつけなくてもいいだろう?
まるで使用人のくせに出過ぎた口をきくもんじゃないよ、と諭されている気分だ。

「旦那、急ぎの用が済んだら、近いうちにまたいらしてくださいね。今度はあの子と一緒に」
ジョージはマグの最後の欠片を拾って、ジャスティンに向かってそう告げた。

いまのはほとんど禁句だ!
ウェインはヒヤヒヤしながら両者を見やったが、ジャスティンは「そうするよ」と穏やかに言っただけだった。

ジョージはいいのか……と不満を胸に抱きながら、ウェインは御者台に乗り込み、常に問題を起こしてばかりのヒナの待つ屋敷に向かって、意気揚々とまではいかないが、気勢を上げて出発した。

つづく


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